海の基本図と歴史
海の基本図には、「大陸棚の海の基本図」(縮尺別に20万分の1、50万分の1、100万分の1の3種)と、「沿岸の海の基本図」(縮尺別に1万分の1、5万分の1の2種)がある。
海図は、中国から羅針盤が導入された13世紀のヨーロッパで発達した。最も古い海図は、13世紀中頃に地中海一帯で用いられた「ボルトラノ海図」(ポルトラノ)といわれる図で、図示された羅針盤(コンパスローズ)から多数の方位線が引かれている。
15世紀以降の大航海時代には、航路の開拓とともに水深も徐々に記入されるようになる。1569年、オランダの地理学者・メルカトルが、経線と緯線を格子状に書き込むメルカトル図法を考案し、以後の海図にはメルカトル図法が用いられるようになった。
日本では、安土桃山時代から鎖国前の江戸時代初期に海図が用いられた。幕府の許可を得た貿易船(朱印船貿易)では、ボルトラノ海図が用いられ、中国沿岸や東南アジア各国へ航海していた。しかし、鎖国とともに海図は用いられなくなった。
江戸時代後半になると、沿岸の海運も活発になり、実用的で簡易な海図「海瀬舟行図」がつくられるようになる。また、欧米各国の船が開国を求めて日本沿岸に現れるようになり、中には航海の安全のためとして、勝手に沿岸を測量し、海図を作成し始める国も出た。
これらの状況は、海防の上でも、海上交通の安全からも問題があると見て、幕府は海図の作成を始めようとする。まず、沿岸の測量を行い、1821年(文政4年)には伊能忠敬が大日本沿海輿地全図(伊能図)を完成させた。
開国後の1862年(文久2年)には、幕府も日本近海の測量を始めたものの、本格的な海図作成は明治時代になってからであった。1870年(明治3年)にはイギリスの測量船から指導を受け、三重県の的矢湾と尾鷲湾、塩飽諸島の測量が行われた。
1871年(明治4年)には日本海軍水路寮(水路局)が創設され、北海道の諸港湾、岩手県の宮古湾と釜石湾が測量された。そして1872年(明治5年)、日本海軍水路寮は第1号海図「陸中國釜石港之圖」を作成し刊行した。

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